多価イオンとは、分子が複数の電荷を持った状態のイオンを指します。特にエレクトロスプレーイオン化(ESI)法では、タンパク質などの高分子化合物が複数のプロトンなどの付加により多価イオンとして検出されます。
重要な基本事項
基本計算式
m/z = (M + nH) ÷n
ここで:
Mとして分子量を使うか分子の質量を使うかは、分子量と装置の質量分解能によって決まります。例えばタンパク質の分子量が5,000で装置の質量分解能が1,000の場合、同位体ピークが分離できないため、Mには分子量を使います。下の計算式はその場合です。
一方、タンパク質の分子量が同じ5,000でも、装置の質量分解能が50,000であれば、同位体ピークが分離されますので、Mには分子の質量特にモノアイソトピック質量(分子を構成する各元素が全て天然存在比最大の同位体で構成される分子の質量。質量の場合、数値の後ろにDaを付ける。)を使います。
計算例:分子量5000のタンパク質の場合
価数(n) 計算式 m/z 値
3価 (5000 + 3×1.008) ÷ 3 1668.0
4価 (5000 + 4×1.008) ÷ 4 1251.3
5価 (5000 + 5×1.008) ÷ 5 1001.2
隣接する多価イオンピーク間の関係式
(m/z)₁ × n₁ = (m/z)₂ × n₂ = M + nH
ここで添字1, 2は隣接するピークを表します
多価イオンスペクトルから元の分子の質量や分子利用を計算する。
正イオンESIのキャピラリー電気泳動質量分析(CE/MS)により得られたペプチドのマススペクトルを図1に示します。
(a)は広いm/z範囲で表示したスペクトル、(b), (c), (d)はそれぞれm/z 396, m/z 547, m/z 791付近の拡大スペクトルです。高分解能質量分析計が用いられており、同位体ピークがはっきり分離されていて、各ピークのm/z差が正確に分かります。それぞれzは電荷数を示していますが、多価イオンの見分け方で記載した通り、同位体ピークのm/z間隔から判断出来ます。図1に示す各イオンは、それぞれ同位体ピークが分離されているため、モノアイソトピックピークのm/z値と電荷数、付加イオンから元の分子の質量(モノアイソトピック質量)を計算する事が出来ます。この場合、付加イオンはプロトンなので、以下の計算式になります。
395.2398×2-(1.0073×2)=788.4650 (1)
547.3190×3-(1.0073×3)=1,638.9351 (2)
789.4721-1.0073=788.4648 (3)
この計算結果より、(c)は(b), (d)とは異なるペプチドから生成したイオンである事が分かります。(b)と(d)は同じペプチドから生成したイオンであり、モノアイソトピック質量は(1)式と(3)式の解の平均値、788.4649 Daとなります。ここで、モノアイソトピック質量とは、分子を構成する各元素について天然存在比最大の同位体で構成される分子の計算精密質量の事です。(1)式と(3)式で得られたのは実測の質量値なので、正しくはモノアイソトピック質量ではなく、分子を構成する各元素について天然存在比最大の同位体で構成される分子の測定精密質量、となります。
別の多価イオンマススペクトルの例を図2に示します。
これは、低質量分解能のイオントラップ質量分析計により得られたものであり、各多価イオンの拡大は示していませんが、同位体ピークは分離されていません。同位体ピークが分離されていない多価イオンのm/z値は、元の分子を構成する各元素について、同位体の質量に天然存在比を重率でかけた平均値、即ち分子量に付加しているプロトンの数を足して価数で割った値に相当します、図2のスペクトルから元の分子の分子量を計算すると、以下のようになります。
825.1×15―15=12,361.5
883.9×14―14=12,360.6平均:12,360.8
951.8×13―13=12,360.4
強度の高い3つのイオンを用いて平均値を算出していますが、もっと多くのイオンを用いても構いません。また、低分解能質量分析計を用いて得られたデータであるため、プロトンの質量には1を用いています。
多価イオンの理解と適切な計算は、高分子量化合物の質量分析において非常に重要です。本記事で解説した計算方法や解析のポイントを活用することで、より正確な分析結果を得ることができます。特にタンパク質などの生体高分子の分析では、多価イオンの特性を理解し、適切に解析することが不可欠です。