マススペクトルとは、化合物の質量と構造を特定するための強力な分析ツールです。
この記事では、マススペクトルの基本原理、質量分析の主要な概念、およびスペクトルの読み方を解説し、その技術を用いた私たちの受託サービスについても詳しく紹介します。
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マススペクトルとは、横軸はm/z 、縦軸は検出強度で表した二次元チャートです。私達は、マススペクトルから、物質を構成する原子や分子の質量を知る事が出来ます。
この技術は、化学物質の分析、タンパク質の同定、生物学的サンプルの研究など、幅広い分野で用いられます。マススペクトルは物質の質量情報を示すため、特定の化合物を追跡するのに非常に有効です。
マススペクトルは、質量分析によって得られる代表的なデータです。
質量分析の基本的な原理は、サンプルをイオン化し、これらのイオンを電場や磁場を使って分離・検出します。イオン化された分子や原子は、そのm/z(mはイオンの質量を統一電子質量単位で割った値、Zはイオンの電荷数)に基づいて分離されます。
マススペクトルは、物質に特有のパターンを示すため、サンプルの化学的組成や分子構造を推定することができるのです。
なお、マススペクトルを得るための技術である「質量分析法(MS,Mass Spectrometry)」に関する詳しい情報は「質量分析計|基礎知識や原理、応用例を専門家が簡単解説」で解説しています。
マススペクトルを読むために知っておきたい知識は以下の通りです。
m/zはマススペクトルの横軸の数値であり、mはイオンの質量を統一電子質量単位で割った値、Zはイオンの電荷数を表します。
エム・スラッシュ・ゼットはイタリック体で表記する事が定められており、エムオーバージーと読みます。
zが1の時すなわち1価イオンの場合、m/zとイオンの質量は等しくなり、m/z値とイオンの種類から、我々は元の分子の質量を知る事が出来ます。m/zは、マススペクトルを読む上で最も重要な数値です。
mはイオンの質量を統一原子質量単位で割る事で単位が無くなっており、zも数なので単位はありません。つまり、m/zは単位をもたない無次元量です。
分子イオンとは、電子イオン化(EI)やレーザー脱離イオン化(LD)などのイオン化法において、分子から電子が1つ脱離して生成するイオンの事で、M+・と表記します。また、分子に電子が付加する事によって生成するM-・も分子イオンと呼びますが、通常質量分析では観測されません。
マススペクトルにおいてサンプル分子がそのままイオン化された結果として生じるm/z値のピークです。多くの場合、EIはGC/MSで用いられる代表的なイオン化法であり、GC/MSで得られるマススペクトルにおいては、分子イオンピークがもっとも大きなm/z値をもつピークとなります。
図1に、分子イオンが観測されているマススペクトルの例を示します。m/z 88が分子イオンピークです。なお、LC/MSに用いられるエレクトロスプレーイオン化(ESI)や大気圧化学イオン化(APCI)、直接試料導入で生体試料の分析に用いられるマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)などで主として生成するプロトン付加分子([M+H]+)は、分子イオンとは呼びません。
これらのイオン化法では、[M+NH4]+や[M+Na]+なども生成し易く、この様な分子の質量を推測するのに役立つイオンを総称して分子質量関連イオンと言います。
フラグメントイオンピークは、サンプル分子が分解または断片化(フラグメンテーション)した際に生じるイオンのピークを表します。一般にフラグメントピークは低m/z値に観測されます。
分子イオンピークや分子質量関連イオンピークとフラグメントイオンピークとのm/z差は、その分子の部分構造を反映するため、詳細に解析する事で元の分子の構造を推測する事が出来ます。図1に示すm/z 57, 29, 15はフラグメントイオンピークです。
同位体ピークは、分子を構成する主な元素に異なる質量をもつ同位体が存在するために生じます。
例えば炭素には、安定同位体として12Cと13Cが存在し、それぞれの天然存在比は約98.93%と1.07%です。また塩素の安定同位体には、35Clと37Clが天然に約3:1の割合で存在しています。これらの同位体ピークを分析することで、サンプル分子を構成する元素の種類と数に関する情報を得る事が出来ます。
図2に、クロロアントラセン(C14H9Cl、ノミナル質量 212)のレーザー脱離イオン化によって得られたマススペクトルを示します。m/z 212は35Clを含む分子由来のイオン、m/z 214は37Clを含む分子由来のイオンです。両者の比は約3:1であり、塩素の同位体の天然存在比を反映しています。
質量分解能は、質量分析計の重要な性能の1つであり、異なるm/z値を持つイオンをどれだけ正確に区別できるかを示します。高い質量分解能は、より精密な質量測定を可能にし、複雑なサンプルの分析に不可欠です。
最初のステップは、マススペクトル上に観測されている様々なイオンの種類(イオン種)を識別することです。生成し易いイオン種とイオン化法の種類には密接な関係があるので、先ずはそれを理解する必要があります。
ここでは、GC/MSとLC/MSでそれぞれ標準的に用いられているEIとESIについて解説します。
▼表1 イオン化法・検出極性・移動相溶媒と生成し易い付加イオン
次に、識別されたピークのm/z値とイオン種から分子の質量を計算します。図4におけるm/z 647および図5におけるm/z 343.1026は、それぞれ[M+H]+なので、それぞれのm/z値からプロトンの質量を差し引いた値が、その分子の質量となります。ここで質量が求まる分子は、構成元素が全て天然存在比最大の同位体で構成される分子です。
さて、図4では、m/z値は整数で表示され、図5では小数点以下4桁で表示されています。この違いは、マススペクトルの測定に使用した質量分析計の性能(質量分解能)に依ります。四重極質量分析計などの低質量分解能の装置では、得られるマススペクトルのピークプロファイルはブロードで、m/z値の正確性は通常整数から小数点以下一桁レベルです。
一方、飛行時間質量分析計やオービトラップ質量分析計の様な高質量分解能の装置では、イオンのm/z値は小数点以下三桁ないし四桁まで正確に測定可能です。[M+H]+のm/z値からプロトンの質量を差し引く際に使用する値に関しても、図4の場合には”1”ですが、図5の場合には”1.0073”となります。
EIで分子イオンが生成している場合、分子イオンは分子から電子が1つ脱離して生成したイオン(正イオン検出の場合)であり、電子の質量は約0.0005 Daなので、図1のようにm/zが整数値で表示されている場合には電子の質量は無視出来ますが、高分解能質量分析計で得られたマススペクトルにおいては、分子イオンのm/z値に0.0005を加えた値が元の分子の質量(計算値)となります。
高分解能質量分析計で得られたマススペクトルにおいて、イオンのm/z値は小数点以下三桁ないし四桁まで正確に測定可能であると書きました。そして、m/z値とイオン種の情報から、元の分子の質量を精密に計算する事ができます。
この様にして得られた分子の質量は測定精密質量と呼ばれ、この値を用いて分子を構成する元素組成すなわち分子式を推定する事が出来ます。この情報は、化合物の同定や構造解析に不可欠です。
最後に、フラグメントイオンピークを分析して、分子の構造についての詳細な情報を得ます。
[M+H]+や[M+NH4]+などの分子がその構造を保った状態で生成したイオンのm/zとフラグメントイオンのm/z差は、元の分子の官能基など部分構造の質量に相当するため、その解析を行う事で、分子の構造を推測する事が可能になります。
しかし、全くの未知物質の構造を推測する事は通常困難で、株式会社プレッパーズでは、In-Silicoのマススペクトル解析支援ツールを用いてインターネット上で閲覧可能な有機化合物データベースから候補物質を検索し、得られた候補構造に対して、電荷移動や電子移動などのフラグメンテーションの基礎理論を用いて更に詳細な解析を行います。
このような解析は、40年にわたってマススペクトル解析の研究を行い、日本分析化学会で認証されたLC/MS分析士五段の資格をもつ分析者がいるプレッパーズ独自の技術だと自負しています。
当社では、このような質量分析技術を専門とする受託解析サービスを展開しています。
を中心に、独自の高い技術力を駆使した質量分析を展開し、お客様の研究・開発に貢献いたします。
質量分析の依頼に関する詳細や料金は「プレッパーズの事業内容|質量分析受託事業」で詳しく説明しておりますので、ぜひご参照下さい。
マススペクトルは、化合物の同定、構造の解析、量的分析など、幅広い応用が可能な強力な分析ツールです。その正確な読み方を理解することで、科学的研究、製薬業界、環境分析など、多様な分野での深い洞察が可能になります。
我々プレッパーズとしても、この質量分析技術を活用し、様々な分析ニーズに応えていくことを目指しています。
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